伊(い)豆(ず)配(はい)流(る)

　弘長元（一二六一）年、不当に伊豆流罪となった日蓮大(だい)聖(しょう)人(にん)でしたが、刑(けい)の行われ方も非(ひ)道(どう)なものでした。『船守弥三郎殿許御書』には次のようにあります。

「日蓮去(い)ぬる五月十二日流罪の時、その津(つ)につ(着)きて候(そうら)ひしに、いまだ名をもきゝをよびまいらせず候ところに、船よりあがりくるしみ候ひきところに、ねんごろにあたらせ給(たま)ひ候ひし事はいかなる宿(しゅく)習(じゅう)なるらん」（御書　二六一頁）

大聖人は、船で伊豆に到(とう)着(ちゃく)した際、どこかも判らないような、上陸困難な所に放置されたのです。

　しかし、そこに川(かわ)奈(な)の漁師、船守弥三郎が船で通りかかり、大聖人を助けたのでした。船守弥三郎は夫婦で大聖人に帰(き)依(え)し、様々な御供養を奉(ほう)じて、大聖人の伊豆での生活を助けるのです。

「ことに五月(さつき)のころなれば米もとぼ(乏)しかるらんに、日蓮を内々にてはぐ(育)くみ給ひしことは、日蓮が父母の伊豆の伊東かわ(川)な(奈)と云(い)ふところに生まれかはり給ふか」（同）

大聖人は献(けん)身(しん)的(てき)な船守弥三郎夫妻のことを、このように述べられ流人である自分を人目も憚(はばか)らず助けるのは、父母の生まれ変わりであるとまで感謝されたのでした。

　そして大聖人は、

「去年の五月十二日より今年正月十六日に至るまで、二百四十余日の程は、昼夜十二時に法華経を修行し奉(たてまつ)ると存じ候。其(そ)の故は法華経の故にかゝる身となりて候へば、行(ぎょう)住(じゅう)坐(ざ)臥(が)に法華経を読み行ずるにてこそ候へ。人間に生を受けて是(これ)程の悦(よろこ)びは何事か候べき」（同　二六六頁）

と申され、この伊豆配流(はいる)を法華経の色(しき)読(どく)・如(にょ)説(せつ)修(しゅ)行(ぎょう)の機会として悦ばれています。

　また大聖人は、船守弥三郎の願いにより、地頭であった伊東八郎左(さ)衛(え)門(もん)の病(びょう)気(き)平(へい)癒(ゆ)を行われます。大聖人の御(ご)祈(き)念(ねん)を受けて病気の癒(い)えた伊東八郎左衛門は、網(あみ)にかかって海中から出現した釈(しゃく)尊(そん)像(ぞう)を大聖人に寄進しました。

　

　小松原法難

　弘長三（一二六三）年二月、御年四十二歳(さい)の時、大聖人は足かけ三年にわたる伊豆流罪が赦(しゃ)免(めん)となり、鎌(かま)倉(くら)に戻(もど)られました。

　翌文永(ぶんえい)元年秋、大聖人は、母・梅(うめ)菊(ぎく)女(にょ)が重病であるとの知らせを受け、故郷の安(あ)房(わ)（千葉県）に赴(おもむ)かれます。安房には大聖人を仇(きゅう)敵(てき)とつけ狙(ねら)う地頭の東条景(かげ)信(のぶ)がいましたが、大聖人は帰郷を強行されたのです。大聖人が故郷に到着したのは、母君がまさに息を引き取ろうとされた時でしたが、大聖人の病気平癒の御祈念により、母君は命を四年長らえることができたのです。

　文永元年十一月十一日、大聖人一行は、東条の松原という所を通過しようとしました。すると、そこに待ち伏(ふ)せていた東条景信とその配下をはじめ、数百人の念仏者が現れ、大聖人を襲(しゅう)撃(げき)したのです。大聖人は、この時の様子を『南条兵(ひょう)衛(え)七郎殿御書』に、次のように述べられています。

「安(あ)房(わの)国(くに)東条の松原と申す大(おお)路(じ)にして、申(さる)酉(とり)の時、数百人の念仏等にま(待)ちかけられ候ひて、日蓮は唯(ただ)一人、十人ばかり、ものゝ要にあ(合)ふものわづ(僅)かに三四人なり。い(射)るや(矢)はふ(降)るあめ(雨)のごとし、う(討)つた(太)ち(刀)はいなづ(雷)まのごとし。弟子一人は当座にうちとられ、二人は大事のて(手)にて候。自身もき(斬)られ、打たれ、結句にて候ひし程に、いかゞ候ひけん、う(討)ちもらされていま(今)ゝでい(生)きてはべり」（同　三二六頁）

数百人による襲撃に対し、大聖人の一行はわずか十人であり、その中で襲撃に対応できる者は、わずか三、四人しかいなかったということです。襲撃の輩(やから)は皆(みな)手に刀を持ち、雨のごとく降る矢はすべて大聖人に向けられていました。

　その中で、大聖人は右の額に刀傷を受け、また左手を骨折されましたが、奇(き)跡(せき)的(てき)に難を逃(のが)れたのです。しかし、弟子の鏡(きょう)忍(にん)房(ぼう)と檀(だん)越(のつ)の工(く)藤(どう)吉(よし)隆(たか)は大聖人を守り、命を落としたと伝えられています。

　大聖人は、この小松原法難という大難にあっても、

「『我身(しん)命(みょう)を愛せず但(ただ)無上道を惜(お)しむ』是(これ)なり。されば日蓮は日本第一の法華経の行者なり」（同）

と不退転であるとの決意を述べられております。

　数百人の徒党を組んでなお大聖人を討(う)ち果たせなかった東条景信でしたが、その後しばらくして悶(もん)死(し)したといいます。大聖人はその理由を、法華経の行者に仇(あだ)をなした罰(ばつ)により十(じゅう)羅(ら)刹(せつ)女(にょ)の責めを受けたものであると仰せられています。

　

　二度目の『立(りっ)正(しょう)安(あん)国(こく)論(ろん)』提(てい)出(しゅつ)

　大聖人が『立(りっ)正(しょう)安(あん)国(こく)論(ろん)』をもって幕(ばく)府(ふ)を諌(かん)暁(ぎょう)してより九年を経た文永五（一二六八）年、遂(つい)に蒙(もう)古(こ)（大元）より牒(ちょう)状(じょう)（回文）が届(とど)きました。その内容は、表向きは貿易を謳(うた)っているものの、内実は日本に対し蒙古の属国として軍門に下れというものでした。幕府内は蜂(はち)の巣を突いたような騒(さわ)ぎになりました。

　大聖人が『立正安国論』に予言された他(た)国(こく)侵(しん)逼(ぴつ)の難が、まさに現実のものとして現れてきたのです。

　時を同じくして、鎌倉幕府は北条時(とき)頼(より)の次子、時(とき)宗(むね)が執(しっ)権(けん)に就任しました。時宗は北条家の中でも得(とく)宗(そう)家(け)の頭領として、破格の権力を持っていました。鎌倉幕府では時宗の執権就任により、政治的な地固めをし、蒙古襲来に備えようとしたのです。

　大聖人はこの機を捉(とら)え、鎌倉幕府に二度目となる『立正安国論』を提(てい)出(しゅつ)します。『立正安国論』は宿屋入道を通じて時宗に送られました。

　その時、『立正安国論』に副(そ)えて時宗に送られた書状が『安国論副状』（同四〇九頁）であり、宿屋入道に送られた書状が『宿屋入道許御状』（同三七〇頁）いわゆる申状です。

　しかし、幕府は再度の大聖人の諌暁も、またもや表面上、黙(もく)殺(さつ)するのです。

　

　十一通御書と鎌倉諸大寺に対する破(は)折(しゃく)

　『立正安国論』に予言した他国侵逼難が的中の様相を示し、鎌倉市中が騒(そう)然(ぜん)とする中、大聖人はいよいよ強(きょう)硬(こう)に諸宗の謗(ほう)法(ぼう)を破(は)折(しゃく)されます。

　二度目の『安国論』提出と時を同じくした文永五年十月、大聖人は北条時宗や平(へいの)左(さ)衛(え)門(もん)頼(より)綱(つな)などの幕(ばっ)閣(かく)、および極楽寺良観や建長寺道(どう)隆(りゅう)など、北条家が帰依する主立った僧(そう)侶(りょ)らに対し、公場において仏法の正(せい)邪(じゃ)を決するよう書状を送ります。これらの書状は、いわゆる十一通御書といわれますが、度重なる諌(かん)言(げん)にも耳を貸さない鎌倉幕府の態度に対し、大聖人は公場において、諸宗の謗法と、悪侶の本性を暴かんと積極的に働きかけたのでした。

　幕府は大聖人の公場対決の要求にも応じることはありませんでしたが、これまで幕府の手厚い庇(ひ)護(ご)を受けてきた僧侶らは、大聖人の強(ごう)盛(じょう)なる破折に足下を脅(おびや)かされ、憎(ぞう)悪(お)の念をふくらませていったのです。