帝　釈　と　釈　尊

　過去の世（仏様になる以前）に釈尊は婆羅門(ばらもん)をなし、菩薩の行を修し、あまねく大乗経典を求めていた。

　釈尊はまだ方等の名字をも聞かない時分、雪山(せっせん)のなかに住していた。時に帝釈は「我(われ)自ら往(ゆい)てこれを試みよう」と言って、その身を羅刹(らせつ)の形に変じ、過去の仏が説き給わった「諸行無常　是生滅法」の半偈を説いた。半偈を聞いた釈尊は心が大いに歓喜し、誰が説いたのか辺(あた)りを見ると、そこに羅刹がいた。

　そこで釈尊は「善(よい)かな大士、汝(なんじ)はどこでこのような半如意珠を得たのか」と尋ねた。すると羅刹は「そんなことは聞かないでくれ。わしは何日も食物を食べていない」と言った。それを聞いて釈尊は「善かな大士、もし私のために半偈を説いてくれたなら、私は汝の弟子になろう」と言った。

　「自分は今、飢えに苦しんでいるので説くことができない」。

　「それでは何を食べたいのか」。

　「我の食べる物はただ、人の血肉である」。

　「汝よ、私のために半偈を説いてくれ。そうすれば私の身をあげよう」。

　すると羅刹は残りの半偈を「生滅滅已　寂滅為楽」と説いた。これを聞いた釈尊は所々の石や壁や樹木、道路に偈を書き写し、高い木の上に登って身を投げた。地面に落ちる寸前に羅刹は帝釈の形に姿をもどして釈尊を受け取ったのである。

　

　

　これは釈尊の因位の修行時代、帝釈が釈尊の求道心を試(ため)すために行ったもので、真実の求道はかくあるべきものであることを教えている。

　釈尊が無数劫にわたって行じた修行とその功徳はお題目に具しているから、私達は唱題行によって釈尊の一切の功徳を受けることができるのである。

　　　　　（新説結座説法・歴代法主全書６巻５０４頁）（高橋粛道）